人は誰でも主人公になれる

私は発達障害である。

名前は教えない。

 

九州の片田舎に生を受けて23年。私の一番古い記憶は幼稚園の下駄箱でワンワン泣いていたことである。そこから私の人生は始まったようだ。

そこから割愛して現在。つい先日、ADHDと診断されたのである。

お医者さんも「あなたは発達障害じゃあないよ。微妙な結果が出ると思う」と言っていたし、私も「職場で疑われて辛いんだ。ただ今はツイていないだけ。私の努力が足りないだけ」と言っていたのだからびっくりである。

 

まあ確かに「生きづらい」と思うことも常にあったし、自分は「人とは違う」なとも感じていた。でも大体の人がそれが「普通」で、「努力」だったり、「積み重ね」でどうにかなるものだと思っていた。自分が見つけられたい一心で「人は違う」フリをしているのだとも思っていた。

 

それが

「あなたはADHDの傾向があるね」

である。

 

そんなはずはない!私は「努力」も「積み重ね」も人一倍してきたし、できるんだ!!そんな怠けた野郎どもとは違うんだ!!私は叫びたかった。

 

だけれど、振り返ってみれば、そこに結果はついてきていなかった。

通知表に書かれた沢山の「努力」して、「懸命」に、というのは社会に出てからは「ポンコツ」であり「残念」な人の姿であったのだ。

悲しいかな。私は私を捨てて懸命に「普通の人」になろうと「努力」しただけで、「普通の人」が普通にできることを「懸命」に「努力」する事でやっとできるだけであった。

 

どうして肌が緑色とかで生まれなかったのだろう?そしたら誰もが気づいて、私だっていつかは受け入れることができただろうに。

 

私は「普通」に生まれて「障害」を持っていた。

今更、受け入れようがないではないか。